[求める手]/東雲 李葉
 
られても譲れないものがたくさんあった。
今はどれも記憶の隅にさえ残っていないけど。
この手で触れたものすべて、僕にとっての特別だった。
父がくれた黄色い傘は風に吹かれて飛んでった。

欲しいものはいつだって自分の手で確かに掴んだ。
父の背中。母の手のひら。諦めることなど知らなかった。
なのに、いつからか、どんなに何かを求めても、
飛ばされた傘。雨の冷たさ。追いかけることをしなくなった。
ささくれの増えた指先は守ることばかり覚えてしまって、
恐れることなく求めることを忘れている。
手を伸ばしたならすぐに繋げる指先を、
振り払われるのが恐くって何も言えずに握っている。
戻る   Point(1)