クロスレット・シルバー  /いすず
 
こんなところ、もう出てけばいいさ」
「じいはどうする?」
「わしは、もういつだっていいさ」
「弱気になるなよ、じい」
「すっかりたくましゅうなっての」
いとおしげになでながら、おじいが眼を細め、声を絞るようにする。
「ないてんのか、じい」
「年取るとなみだもろくなっての」
いかんの、とおじいは目を拭った。わしももう、ながくなかろうしの。
死ぬ前にひとついいこと教えようの。ひとはな、一人前になるときはな、
人前に恋するものじゃな。おまえはもう、恋を知ったな。あとは、ひとりで歩むことじゃな。自分がしっかり歩いていれば、神様は見ていてくださるさ。愛すということはな、つよいことじゃな。
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