帰し方の甘露(仮題)/やなし
ぎぃぃころ
ぎこ
ぎぃいころ
ぎこ
ばたん
戸が閉まる
とたんに部屋が震えだす
ちらちらと
ふるふると
やがて部屋を水が満たす
粘ついた空気に触れ
そして一体感
口と肺が双子であることを思い出す
そぷ
部屋の隅からのそのそと蝉
夜行性の蝉は水を好む
いかにも蝉は魚であった
夏色の翅を震わせ
見事な流線型の腹
ただ一度さえ
触れることはかなわなかった
私はそれを鼈甲に覗いた
ぞっ
戸が開く
端から蝉が流れ出す
ちろちろと
ふるふると
部屋にあわせて鳴きながら
私の耳を掠めて泳いだ
ぞず
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