『東京』/東雲 李葉
東京にはきれいな水がないのよね、と、
魚になった友人は天然水を買い漁っていた。
時々だけど蛇口の水をコップに注ぐと、
水草みたいに髪を揺らめかせにやっと笑う彼女がいる。
東京には濁った空気しかないんだよね、と、
兎になった友人は酸素バーから出られずにいた。
引っ越し祝いに送られてきた厳重そうな箱の中身は、
ぱさっぱさに干からびた餅と思わしき固形物だった。
東京には無いものなんて無いんだ、と、
訛りを隠した友人は受話器の向こうではしゃいでいた。
こっちから連絡するといつも電話に出ないから、
こっちにあるものばかり買いに行ってるのかもしれない。
ああ、東京とはどんな所なのだろう。
魚も棲めない水を垂れ流し、吐きたくなるような空気の街。
ここに無いものばかりが溢れているとは限らないらしい。
私を置いて友人達は都会の色へ変わっていく。
私は未だ都会も世間も何も知らない。
東京には空がないんだ、と、
鳥になった友人は口癖のように言っていた。
新宿の駅を降りて摩天楼という言葉を思い出す。
けれどもう友人の声は聞こえない。
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