椅子/小川 葉
 
 
かくしごとなんて
はじめからなかったはずなのに
生きてると
知られたくないことの
ひとつやふたつあるものでした

できることなら
椅子に生まれて
何も思わずにただ生きて
人を支えることだけしていたいと
思うものでした

いつしか人は一人になると
椅子に座って
かくしごとのひとつやふたつ
思い出しては
届くことのない手紙を
書いては破り捨ててしまうものでした

けれども
椅子の背もたれが
か細く鳴ってしまうとき

それは椅子に生まれてしまった
孤独なだれかの
泣き声なのかもしれないと
ふとそんなふうに
思うものでした
 
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