黒/楢山孝介
 

 書くことが多すぎて彼女は手帳を黒く塗り潰してしまっている。目の前で起きていることを記さなければならないという気持ちに突き動かされて、あるがままをあるがままに写し取ろうとし過ぎている。対象に目を奪われ続け、手許を見ることが出来ない。読むために書かれた文字がどんどん読めなくなっていく。誰かに見せるために書かれた文字が誰にも見せられなくなっていく。人の叫び声や爆弾の炸裂する音まで書き留めようとする。それらはあまりに多すぎる。繰り返し響き過ぎている。銃声が近づいてくると大きくなった音の分だけ大きく文字を記そうとする。ペンのインクが切れ、もはや紙をなぞっているだけなのに彼女は気づかず、痙攣するように腕
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