記憶に巣食う鬼/小野カオル
過去のことを思い出すことが極端に少ないと気づいたのは30代に入ってからだった。「何も覚えていない」と人に言われることが時折あるのだ。そもそも私には思い出話をする習慣も無い。そう、私は「今」か「これから」のことしか考えない性質らしい。それはいつも未来を見ているとかいう格好の良いことではなく、過去から逃走したかっただけかもしれない、と少しだけ過去を振り返ることができるようになった今思っている。過去の何から逃走したかったのかは分からない。ある事柄なのか、子供時代という無力な身の上すべてからなのか。ただ、幼い頃すでに私はまわりの世界との分離を感じていた。私は皆と手をつないで輪の一部を成している人間ではな
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