無題/岡村明子
 
あなたから溢れる潮の音が満ちてくる
私は抱かれながらあなたに浸されていく
こんなにも安心して
私は生きている、と思う
フローラの口から
花がこぼれるように
私とあなたの口から
流れ出す
はかなく
あたたかいもの

なくなってしまわないように
おたがいの口を塞ぎ、求め合い、溶けていく

このまま
泡となって消えてしまえば どんなにいい

しかし

うつろな朝は容赦なくやってくる
舞台装置が大転換するように
緞帳が開くと
海も砂浜も何もかも消えていて
あるのは
煙草くさい薄暗い部屋
ワイシャツに着替え出て行くあなたの後姿
テーブルに残された
ビールの空き缶と柿の種と
五千円札

(イヤナンデス、
アナタノイッテシマフノガ)

私は枕をもう一度だけしっかり抱きしめ、
シャワールームへ向かう

外へ出ると
カラリとした朝が私を待っていた
無頓着な日常


戻る   Point(3)