肉じゃが/窪ワタル
残業もそこそこに
今夜もいそいそと帰ってきた
玄関のすぐ脇の部屋で
かつて母だった生き物が
また呻いている
父の三回忌を済ませた頃から
母は溶け始めた
ビデオテープのように過去を再生しては
「お父さん遅いわね、せっかくの肉じゃがが冷めちゃうわ。」
というと
暫く目を泳がせながら
今に帰ってきて 泣く
次の日には行ってしまう
また帰ってきて 泣く
その繰り返し
やがて行ってしまったきり
溶けたのだ
昼間は毎日姉がきてくれる
妻はいない
緑色のふちの付いた紙切れが一枚
強い筆圧の文字が端然としていたせいか
不思議と安堵感だけが残った
「愛し
[次のページ]
戻る 編 削 Point(60)