混濁のひと/恋月 ぴの
まぐれだったのかな」
わざと自嘲気味に話しているようにも思え
キキ
高慢そうな身なりとは裏腹に
ひとのこころの痛みを知り尽くした女
キキ
中の池を渡る秋の風が色づき始めた紅葉にそよいだ
(四)
キキを新宿門まで送ったあと
いつものようにナジャの開店準備にとりかかり
磨き上げたグラスを食器棚に並べていると
かたこと音がするのに気付く
あのどんぐりの実が黒いカウンターの上で震えていた
これからはじまる饗宴の気配に打ち震えていた
(五)
マグリットの描く奇妙な夜景のなかで
迷彩服の毛蟹たちがざわざわ蠢き
北西の空に向って対空レーダーを操作していた
やがて巨大な蛹の背中が割れ
ゆっくりと迎撃ミサイルがその姿を現し
迷彩服を脱ぎ捨てた毛蟹たちは
互いの甲殻を執拗に舐り
生殖と隔絶された愛の営みに白い歓喜の泡を吹く
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