詩で遊ぶ方法を考えてみる 〜合唱経験者の妄想〜/北村 守通
の朗読者が一斉に同じ詩をひとつのステージで朗読したとしたらどうでしょう?・・・1000人は大げさすぎました、例えば20人くらいではいかがでしょうか。一斉に、といっても声の高さでパートを分けておき、読む順番を指定したり、掛け合いとなる箇所があったり、全員一斉で同じところを読んだり、フォルテッシモやピアニッシモを使い分けたり、即ち、「歌の合唱から音階を抜き取ったもの」の実現です。
一人の朗読も大変魅力的です。
でも、合唱は 1+1=1 を創り上げたり、=10 を創り上げたり、 =−4 が創り上げられる世界です。合唱とは没個の世界ではなく、個の集まりが個を創り上げる世界です。きっと一人の朗読とは違った魅力を持った、別の方向性を創り上げられるんじゃないか、って妄想しています。
なんだかここで書いていい内容なのか少し心苦しいところもありますが、(そして既にそういう表現方法は定着しているよ、と指摘されたとしたら大変恥ずかしいのですが)頭の中で渦巻いている雲の重さに耐えかねて、体が勝手にこいつを打ち込んでしまいました。
こんな詩の遊び方、いかがでしょうか?
戻る 編 削 Point(4)