潮宿/田代深子
 
黒潮に
ひきこまれ腕のつけね股のつけね
頸に脇腹に群がり喰らいつくすは
人魚たち いや 人魚に牙はない
はず 南の海にはいないはず
牙があるのは
あれは
〈人魚ではないのです〉                   *

あれら不細工やし仏頂面やし
泣きもせん

童顔のおやじは小皿を差し出し
言わなかったか

それ喰ろたら
えらい長生きや

吹きすさむ潮の際の飯やで赤い身を
呑みくだす喉は潮闇に
点るのか赤く あるいはとも喰いの
苔色

そんな
酔いもたいがい 潮かおり 雨音か
浪音か ききもわけぬ陸者の箸先に
なんの馳走 と きくもかなわず
きょう宿る車中の潮闇で 喉を
撫で
紙巻を点す




                 * 中原中也「北の海」より引用

                        2004.5.25



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