未来がまだ懐かしかった頃/小川 葉
やわらかいものが
やわらかいものに抱かれ
育むものが
育まれたことをよろこびとした
この命の果てにある
未来がまだ懐かしかった頃
時は懐かしく
時はまた経験として
かつて見たような
聞いたような
触れたような感覚のすべてを
まだ知らない記憶に呼べば
たちまち知ることになる
羊水の中
母の声を聞いた
母が何かとも知らずに
深海のくらがりで
ただ呼吸のしかたを覚えていた
明日がある
と知ったとき
昨日はないと知らなければならなかったとき
生きてあることの懐かしさを
かわきはじめた肌に感じていた
実を落とす木の運命に
目をまばたかせて
じっとそこに立っている
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