いつか来る王子/佐々宝砂
いつか王子は来てしまうのだ。
おまえが歯ぎしりして拒むとしても、
涙して拒むとしても、
涎して拒むとしても。
王子なんか来ないという戯言を信ずるな、
王子は来る。
おまえの手は雨に汚れる、
しかし手は常に綺麗にしておきなさい、
いつか王子が来るのだから。
われらの月がわれらの大地を照らすとき、
われらの海はわれらの月を懐かしんで大きくうねる、
おまえの髪は黒く重たく、
わずかの風にそよぐことはない、
それでもおまえの髪はいつか乱れるのだ。
顔をあげなさい、
月を見上げなさい、
われらの月を。
恋を知らぬおまえの頬は白い、
おまえの首は汚れたことがない、
おまえの瞳はばかばかしいほどにうつろだが、
うつろであることは罪ではない。
いつか王子が来る、
喜ぶようなことではないが、
悲しむようなことでもない、
王子はいつか来る、
ただ今宵は来ないらしい。
それだけのことにすぎぬのだから、
今宵は静かに焚き火にあたっておればよい。
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