歴戦をくぐり抜けて/doon
 

 恐ろしく雄弁に語り始めた
 もうすぐ死ぬであろう男の言葉に
 耳を傾けることにした

 妻は生きているかと言った
   もちろん生きている答えた
 息子は元気だったかと言った
   息子は派遣社員で頑張っていると答えた
 事故後の修理はどうだと聞かれた
   保険がおりるから大丈夫だと答えた

 呼吸を置いて男は空を見上げた
 無性にノドが渇いたように唇を振るわせた

 墓を立てる金が無いのだ、どうしたらいい
 年金はしっかり返ってくるか
 物価上昇は何とかなるだろうか
 医療は前よりよくなったか
   すべて、大丈夫と答えた

 画面の向こうでは自殺者数が過去最高になった
 みんな嘘をついてやった
 妻はもう遺影になり
 息子は職を転々として一人暮らし
 保険が降りるといっても半分にも満たない
 墓は立てられず
 その他は何の目処も立っていない

 戦争時代を勇ましく生きた男の死に場所が
 クーラーさえない
 真夏の台所であることを
 いくらの人が知るだろうか
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