詩を読むこと=読まれること−幸福と殴り合いの/ななひと
思い通りになるとは限らない。読者は[読者→テクスト]という関係から詩を「読む」ことになるのであり、作者が読者の精神を直接操作できる可能性がない限り、読者は読者自身の言語背景言語の持つその人にとっての意味合い、を基準にテクストに向かうことになる。もちろんこれも全く不変なものではありえない。初読目と2読目では感じ方が違うかもしれないし、初読では気づかなかった別種の感想を抱くかもしれない。あるいはまた、この読者が、作者のことをよく知っていて、作者がある言葉に対してどんな意味づけ、連想を持っているか、推測できるかもしれないし、単に作者に対する個人的感情がいい意味でも悪い意味でも詩の読解を方向付けていくかも
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