始まりだけの、物語。/橘柑司
 
、そんな予感がした。
 背面のガラスが無機的なコンクリートの壁に変わり、夕日が遮られる。外の世界から孤立させられたように感じた。あるのは、少し頼りない明るさの蛍光灯の光だけ。
 僕は、目を閉じた。クリスマス・イブに枕元の靴下を確かめながら眠りについた、あの気持ちが蘇ってくる。
 エレベータは、どんどん落ちていく。まだまだ沈んでいく。二階でドアを閉めてから、だいぶ長い時間がたっているように感じた。でも、それは、ただの僕の気のせいで、本当はいつもと同じ時間しかたっていないのかもしれない。けれど、僕が今感じている時間の長さは、確かにいつもと同じではなかった。

 『一階です』。
 重力が一瞬強まり、そしてすぐに元に戻る。やっと、底に着いたのだ。
 ドアが開いていく音が聞こえた。
 僕は、ゆっくりと目を開いた。逸る気持ちを抑えながら、できるだけゆっくりと。
 外界の光が、エレベータの中に飛び込んできた。
 僕の目に映った場所は。

戻る   Point(1)