ノート(41Y.7・15)/木立 悟
 


ある建物のロビーに座っていると
少し離れた場所に並んでいるコインロッカーの鍵のうち
ひとつだけが震えていて
「どこにもいけない」
と聞こえた

「そうだな」
と言うと
震えは止んだ

もしかしたら奴は
誰でもよかったのかもしれない




川のそばを歩いていると
足元から鳥の影が水面に落ち
「仕方ないよ 水際は子供だから」
と聞こえた

影が流れていったあとも
水際を見つめつづけたが
水際は水際のままだった

もしかしたら水際は
はしゃいでいたのかもしれない




夜の道を自転車で走っていると
そばを列車の風が通り過ぎ
「光とはかぎらない」
と聞こえた

「そうだな」
と言うと
かがやきの無い音が
かがやきの無い道を干いていった

もしかしたら夜は
夜ではないのかもしれない






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