夕暮れ/小川 葉
 
世界のすべてが橙に染まり
この世ではないまでに
あなたの顔も
わたしの指先までも甘く
飴色の光の一部なのに
すべてはあたりまえの日々の一日の
夕暮れに過ぎないのに
記憶のひとつに留めるには
異様な光景だった

あの夕暮れのときは
はたして
本当にあった出来事だろうか
おそらく海水浴の帰りだろうか
冷し中華を注文して
それから店の狭い奥の通路を歩き
トイレをさがして
そうして今もさがしてるような
そんな気にさえなる

それから曲がりくねった
細い峠道を
それは家までの道のり
忘れてしまい
今もそこに残されたまま
トイレをさがしたまま
海水浴の帰りなので
耳の裏や腕にかわいて付着した
海の塩を
指先ではらっても
はらっても
また次々と塩がふいてきて
あの日の冷し中華の味にも似ていて
窓の外はいつのまにか橙に染まり
わたしのなつかしい
夏の夕暮れは
いつまでも
いつまでも
暮れてくれない
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