母の声が鼓膜に残った話/小原あき
 
携帯電話から母が出てきて
べつになんでもないんだけどさ、と
なんでもないことをしゃべり始めた
この「なんでもないこと」というのは
父が発明家になってしまって
サラリーマンのほうが都合が良いのに
困っちゃうわ困っちゃうわ
とか
姉がテレビにばかり恋をしているから
医者とでも結婚しないかしら
とか
結構、いつも、おんなじ

一通り「なんでもないこと」が終わると
母は携帯電話に吸い込まれていった



な、い、こ、で、と、な、ん、も



散らばった言葉を拾い集めて
夕飯のおかずにしようと思ったけど
献立がうまくいかなかった

とりあえず、生ものではなさそうなので
(もしかしたら或いはそうなのかもしれないけど)
戸棚にしまった



もあん、と母の声が鼓膜に残っている



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