JIKU-MU*HI/影山影司
 
真っ暗で何も見えない。
 四つん這いになって、穴の中に鼻を突っ込んだ。臭水のようなねっとりとした香りが鼻を撃つ。我々、愛国民に馴染みの無い生物の香りだ。異人のような野蛮な獣臭ではない。これはもっと異質な、虫の香り。耳を押しつけると喧噪の気配が伝わってくる。雑多なものが混ざり合った食堂の喧噪。
 起き上がり布団に飛び込んでも香りと音は無くならない。いや、先程よりずっと鮮明になり、私の想像を掻き立て、仮説を裏打ちする。
 嗚呼どうして虫を取り払わなかったのか。
 今や私の耳は無い。鼻も無い。眼孔も無い。口も無い。尻穴も無い。毛穴も無い。
 字喰虫は、隊列を組んで私の穴という穴に帰って行く。
 虫喰いだらけの私の体は、時空を超えた先へ繋がっている。
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