燕/右肩良久
事柄のはずであるが、何故か真偽が気に掛かる。何故なのか。僕の意識の中に彼女に関わるものが一切なければ、僕は「彼女の居ない場所」に違いない。彼女にとってとてもいいところのはずなのに、だ。
燕は何処へ飛ぶのか。
今から三十八年と四ヶ月後に、僕は何か致命的な疾患を負って病院のベッドに横たわることになる。仰向けに枕に載った頭が痙攣の拍子にのけぞるように落ちる。看護師が点滴の点検に巡回に来る時間は約三十分後で、僕にはコールボタンを押す力さえ残っていない。後頭部が落ちてのけぞった目線の先は窓であり、窓の外の隣接した病棟の壁面が目に写る。建物の一部の突起物が、そのクリーム色に塗装された壁面に影を作っている。僕はどうしてもただその影の僅かな転回を見ることになるのだ。僕の胸では心臓がほぐれゆくゼンマイのように鼓動する。その鼓動に乗って僕は旅をする。燕はその時の僕に被さった、淫夢のドライフラワーへと飛んでゆく。
今、確信に満ちて旋回しているではないか。
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