二番地の内田さん?デッサン/前田ふむふむ
をちらつかせては、「もう、わしの時代は、とっくに死にたえている」と、不整脈の胸のなかから、海の底のような遠い眼をする。
二番地の内田さんの葬儀は、多くの知人や親族に囲まれた幸せな葬儀であつた。僕は、棺のなかに、内田さんの命を奪ったかもしれない、秘密のピースを一箱、他の人に分らないように、そっと入れた。内田さんの辿る旅が、寂しくないように。空は、晴れているのに、青く見えなかった。僕は、内田さんが、隠していた傷が、思い出されて、長い間、耐えてきた、禁煙を破り、ピースを取り出して、いかにも美味しそうなふりをして、遠い眼をした。でも、なんて狭いのだろう。身動きも儘ならない。もうすぐ、灰になり、いままでの苦しみも飛んでしまうだろうが、もう、一週間もこの儘だ。多分、忘れられているのだろう。そして、これからも、気に留められることはなく、ひとつの記録として、書架に埋もれていくのだろう。でも、総じて見れば、少しは幸せだった気がする。もう、この、ひどく暗い部屋のなかに、敵はいないのだ。僕は、数少なくなったピースに火をつけて、いつものように、遠い眼をした。
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