表題「絵描きはどこかへ行った」/はゆおりいと
 
 生まれてきたいと、彼女が望んだ。
 まだ空一面が青色だった世界。
 それはまるで、月の重力のようにやわらかで、けれど珪石のように尖って痛い、目に見
えるものすべてが水底みたいにたぷんと揺れる画布の中に埋もれた一風景。
 そこには彼女が居た。
 赤と青に瑠璃色を混ぜたような微笑をして(表情は見えない)、灰色のドレスを身に纏
い(首から下は土に埋まっている)、珪石のような母親の手を握っている(だから血が流
れているのだ)。
 心だけは空白で、未だ何物にも染まっていない。
 彼女が立っている(埋まっている)。
 大きな樹に体を預けて、微笑している。
(どこからが彼女の腕でどこから
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