無常に/燕(ツバメ)
 
無い。

あるべきものが無い。
あのときあったはずのものが、
何処を探しても見当たらない。

涙は枯れた。
探すことももうやめた。

ただ少し、
心象に浸ることがあるだけだ。

無い。

喜びも悲しみも不安も安堵も
全てあの日から見当たらないのだ。


無い。

どこにももう無い。

思い出す、無機質な空間。
細く白い腕。
病床の白い柵。
柵越しに笑う痛々しい笑顔。

もうどこを探しても無いのだ。

あの日はもう帰らない。
母はもう帰っては来ない。

あの日から見当たらない。
喜びも悲しみも
それはもうわたしのものではなくなったかのように

左の頬を涙が伝う。
それは無機質で名も無い液体。

無い。
母が居たあの病床は。
細い腕は、白い柵は、痛々しい笑顔は。

無い。
喜びも悲しみも湧きあがるはずの感情が。

あの日はもう帰っては来ない。
母はもう其処には居ない。

其処は、何処へ行ったのだろう。
白い柵の向こう側に見た無機質な景色は。
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