上昇/井岡護
階段を駆け上がってゆく
短靴達のその軽やかな感嘆なしに
私は見る事も 言う事もできないだろう
彼らは見るに違いない
色水に浸されたかつての営みを
緑青の淀みを 泥拭われた黒耀石を
そして何より 横目に広がる庭園の
憩わしく大らかなその景観を
彼らにはあの底知れぬ恐れはない
躓きの土壁の佇まい あるいはまた
朽ち崩れてゆく蝋の指 暗がり巣食う沼の眼光
それらは最早 期待に満ちた脱皮への
ほんの小さな兆しに過ぎない
こんな 形が囁きに
高らかに変わってゆく感嘆なしに
私は見る事も 言う事もできないだろう
戻る 編 削 Point(0)