春の闇/佐々宝砂
きのう
生きている友に手紙を書いた
行かなかったけれど
忘れたわけではないと
きょうは異常乾燥注意報が出ていて
どこかの土手が延焼したと
広報が単調に喋っている
どうせ誰かが消すだろう
野焼きの炎は許された範囲でしか燃えない
虫にあふれる野は焼かれても
白い壁はひっそりと冷たい
心配することは何もない
夜更けてゆく部屋でピアノを弾けば
春の闇が舌にからむ
無味無臭の
しかしねっとりした
この闇を飲みこむことはむずかしい
きのう
生きている友に手紙を書いた
言葉は届いた
届いたけれどただそれだけだったと
書いたけれど
投函しなかった
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