その向こうへ/clef
記憶は山裾を落ちる雪に巻き込まれながら
つるつると滑ってゆくのでした
雪の襞にしょぼくれた顔が見え隠れするたびに
胸のひとところが痛むのですが
折りたたまれた日光のまぶしさに
真昼の星のごとく埋もれてしまいます
装飾文字に彩られた手紙を受け取って
飾りを剥ごうとせせらぎにひたしました
紙の繊維はほぐされ 文字は水に溶けていきます
内奥の意味なのか 歪められた意味なのか
確かめる暇はありませんでした
水の流れは思ったより速く
追いつく間もなく
奔流に呑みこまれてしまいました
からだごと奪われていく錯覚に囚われながらも
手の平で顔だけ隠しています
イントネーションを忘れてしまったので
次のことばを探さなければ
ならないのです
やさしいひとたちの 怒りの足に踏みつけられて
息が絶えそうになるのでしたが
未知の単語を発掘する学者だけは
それを見てほほえんでいました
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