こと・きり/クリ
 
もはや目覚めていられないほどのモルヒネが姉の血管を巡っていた
ほんの少しだけこちら側に戻ってきて、彼女は何か呟いた
 ラ・ファ・ミ  ラ・ファ・ミ
何度も何度も聞き返した僕は、それが「ロバさん、ロバさん」という節回しであることに気付いた
彼女が山田流の琴を習い始めたころ、家にあるものを利用して糸を弾くまね事をするときに口ずさんだ歌だ
何十年も昔のことを思い出しながら僕はベッドの脇でウトウトした
僕の名を呼ぶ姉の声で起こされた。なに、と聞くと彼女は言った。「切れちゃった」

ああ、僕には分かった。あのときだ。僕は覚えている。
姉の最後の発表会の最後の曲、その途中で琴の緒が切れてしま
[次のページ]
戻る   Point(3)