童話/いねむり猫
 

あの夏休み
部屋に引きこもっていた私を
あの童話が飲み込んだ

友人が大切にしていた全集

その中にあった 生まれたての雛ような輝き

部屋に立ち込めていた黒い霧を
物語の中にあふれていた勇気が 打ち払った

何処にも旅立つことができなかったわたしを
物語の主人公たちが 船出する甲板に引っ張り上げた

自分を嫌うしかなかった私を
そこから生まれ変ればいいと 
美しいエメラルドの迷宮へ導いた

食べることに興味を失った私に
焼きたてのマフィンの
香ばしい湯気が誘惑した

タールのように黒く沈んだ気分が
主人公たちの 恐れや喜びの波に
かき回され 空を舞い上がった

じめじめした梅雨と酷暑を
あっという間にくぐりぬけ
秋の気配の空に 放り出してくれた

時間が輝き始めた あの夏

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