当体蓮華?/ケンディ
妙法蓮華経の《蓮華》とはどう捉えられるべきか。蓮華は因果が一瞬にして凝縮されている様を表現している。すなわち我々の生を表現している。
道生の『法華経の疏巻上』、法雲の『法華経義記巻一』では、譬喩蓮華が説かれている。つまり妙法蓮華経の「蓮華」は妙因妙果の譬喩である、と。
それに対し天台の『法華玄義』では、当体蓮華(妙法蓮華)の説明のための譬喩蓮華、華草蓮華をたてる。そして当体蓮華について『法華玄義』には、「法華の法門は清浄にして因果微妙なれば、此の法門を名づけて蓮華と為す。即ち是れ法華三昧の当体の名なり、譬喩に非ざるなり」とある。譬喩蓮華に限定した妙法蓮華の解釈方法(道生、法雲)からは出てこない
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