「rainy」/菊尾
 
そして雨が続いた 
近付いて耳際で一つの嘘をついて 
傘が手離せなくなっていたその手から 
力が抜けていくのを見た 
瞼を擦って世界を揺らす 
誰かになりたいって 
誰かも分からずに繰り返し呟く 
「まだだから」 
理由も不鮮明のまま夜を越えられない 
それは未完成な夢のこと 
眠りの中だけにある深淵 
それに吸い込まれる水滴群 
君は観察を続ける 
時間が許される限り 
何かを見届けるように 
湿った指先は震えていて 
思い出した事に驚いていた 
雨は始まりであり季節を変えていく 
見捨てたかったあの日の続きが 
その眼の先に再生されているのだろう 
握り締める柄 
雫が肩を色濃く染めていく 
降り止まない音 
止まっていく秒針 
雨が降り始めた
僕はその耳に近付く
ひとつ囁く為に
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