汚れた襟/小川 葉
 
カーディガンの
襟のあたりに雨が降っている
まだ痛んでいない
グレープフルーツを選んで
買い物かごに入れる
銀行強盗は涙をながしていた
妻の匂いがするそのあたりを
抱きしめたいと思えば思うほど
時計から時の匂いが消えていった
唇が愛の重さのように
傾いては持ちこたえて
それでもふるえは止まらず
生きていることの意味が
かろうじてたえていた
やさしさがまだ
そこいらじゅうに残っていたのだ
強盗は失敗に終わり
希望へと昇華した
それは経験したことがないほどの
希望だった
家に帰れば
妻がグレープフルーツをむいている
カーディガンにはまだ
雨は降っていなかった
おれはグレープフルーツを
食べるふりをして
汚れてしまった襟を
かくしつづけた
もう朝だった
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