夢を見る人/小川 葉
あそこに見える
あの鐘は
みんなの心の中にあるだけで
実際にはない
一年に一夜だけ
あなたはそんな嘘話を
僕に聞かせてくれたものだった
今夜もまた
その夜が訪れたけれども
嘘話をきかせてくれるはずのあなたは
その夜を待たずに
どこか遠いところにいってしまった
そしてこの街の
あそこに見えているあの鐘は
実際になかったことに
僕ははじめて気づいてしまったのだ
夢を見ている
聖夜の街の人々は
その鐘があるあたりを見上げながら
愛するひとのために
心の中の鐘を鳴らしていた
僕も真似をして
愛していたあなたのために
鐘を見上げるふりをして
心の中の鐘を鳴らした
夜空から舞い降りる
この雪も
あなたは実際にはない
と言うのだろう
だから僕はこの大きな綿雪を
あなたのたましいだと
思えばよかった
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