歌姫/砂木
あれはいつの頃だっただろう
こたつに横になりながら
テレビでミュージカルをみていた
うとうとしながら
主演の女優さんの歌を聞いていた
ボリュームのある豊かな声で
彼女は悪者達に負けないように
必死に歌うのだった
少し感動したかもしれないけれど
それきり忘れてしまっていた
思い出す日がくるとは思っていなかった
眼科の待合室で眼を瞑った私の心に
急に その歌は湧き出すように現れた
あの日見た女優さんの必死な姿が 歌が
せきを切った様に心に流れ込む
私は 驚きながらそのとどろきを聴いた
なぜだろう
覚えようとして覚えた覚えもない
そして 自分で声にだして歌おうとして
絶句した
声にだせない
声の歌ではないのだ
心の歌なのだ
やっと気づいて やっとあの女優さんの心に気づいて
自分が忘れても自分の心が忘れられなかった歌が
守ってくれていた領域がある事を知った
名前も覚えていない歌姫
責めるでもなく慰めるでもなく
私は歌う と彼女は歌う
私は 歌う と
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