帰路の雲/蘆琴
く崩れ、目を瞑り己の精神と交はふ快感に身を委ねる奇異な光景を怖れて、みな避けて近寄らない。一人傍だちてビルの群れとともに眺むるに、何ぞ思ひにけむや、天上に咲く果実を唯一人だけ与えられて其れを食ふ様を見せびらかすが如く自信に満ち、陶酔のうちに卑下を含んで此方を見つめてゐるではないか。ああこれこそと思ひ、どうにかして率て帰らうとて、「附いて來い」と言へば、鼻息荒く默つて何度もうなづくと俄かに悲しみの顏浮かべて太陽を探し、今生の別れ告げてぞゆきてける。新しい主を知つた悦びに哀れな犬は、屡々止まつて尻尾を振り、彼の周りをぐるぐる囘つた。細い道に臥したる猫を捕まへ、與へると喜んで道を通はした。
暫くして飽
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