今宵ぼくらは/久遠薫子
 



灯りのともったキッチンから
作りたてのグラタンの匂いがした
お取り込み中の真剣な顔がおかしくて
ただいまは、たぶん言わなかった


暑いときには熱いものがいいんです
そんな説ははじめて聞いたから
焼酎しかないじゃない、とからかった
あぁ……というのんきなため息を横目に
ぼくは笑って玄関へ引き返し
近くのコンビニで安物の白ワインと思いきや
たまには、と日本酒にしたんだ



今宵ぼくらは
はくちょう座を漂う氷のかたまりで冷酒を呑む
百億年こんな日々が続いたら
夜空は大変革をしいられるだろう
こらえきれない星々は
いよいよこぼれ落ち
ひかえめに瞬きながら
ぼくらの頭上へ降り注ぐ
冷たいしずくは
いつもぼくらの胸をかき乱す
あの蜃気楼をうち消しては
しだいに生ぬるくなっていき
何も請け合うことはできないけれど、と呟きながら
額に頬に降り注ぐ



ころころ笑って

くすくす笑って

ちいさなぼくらは

幻みたいな夕べを過ごした


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