サスペンス/きりえしふみ
 
 (嘗て) たった一人の人間のものだった巨大な悪意が
 今や沢山の人たちの中で薄められている 掻き混ぜられて沈殿してゆく
 姿なき独裁者
 人々は嫌悪し それと同時に驚愕する
 銃口を向けあう 《たった一人……》の筈だった 皆の心で薄められた
 引き伸ばされた 姿なき悪意に

 気品漂う紳士淑女らにも そいつは潜んでいる
 いつもは黙り込んでいて ある夜饒舌に語り出す
 美味しげなアルコール 掻き混ぜるビビットな色彩
 そして ふと
 表面化する……ふと 冷笑が浮かび上がる
 深く 両目を縫い付けていたマクスから……ふと
 生きた目玉が飛び出したかのように それは
 水
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