タイトルなし/瀬冬翼流
虫達の羽音が家のすぐ側にあるのだが、今居る場所は街中だ。
蝶は鱗粉をあたりに撒き散らし、
ネオンの花が露を帯びて或いは細々と輝いている。
日中の太陽が残した火照りは
足先に溜まった疲労感とひとまとめにされ、上半身だけがやけに軽い。
店に入ると喧騒が視界を妨げ、照明のわずかな明りだけが自分を取り戻させる。
自分は来るつもりはなかった。
楽しみにしてなんかいない、これはただの付き合いで、
約束の時間が迫るまで迷っていた。
一方でそれは自分への言い訳かもしれないと頭で会話を続けながらも
結局今自分はここに居る。
そしていつもの通り奥の方に席を取る。
そうやって逃げてきた。
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