五月待つ/岡村明子
五月(さつき)待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
旧暦の五月は今で言う梅雨の頃にあたる
湿り気を帯び始めた都の空気にほのかに香る柑橘系のかおり
それはかつて同じ時を過ごした人のにおいだった
よみひと知らず
でも私にはわかる
鼻腔から脳に抜け
鮮やかに呼び起こされる記憶
それは
目で見るよりも
耳で聞くよりも
いっそう感覚に訴えるものだ
においは
いつも言葉に置き換える前に通り過ぎていくのに
同じものを
ふと
捉えたとき
どうしてそこに「時間」が戻ってくるのだろう
足を止めてしまうのだろう
思わず
振り返ってしまうのだろう
五月待つ
橘は
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