夏は、山の水が澄みわたるので/yo-yo
 
ると
障子をそっと開けて
おばあさんがひひひと笑う

なんも恥ずかしいことなんかあれへんで

わんどの深い暗がりの水に
ザリガニのむき身の餌を放り込む
重たい川底がぐるるんと動く

おばあさんが焼くナマズの蒲焼き
田んぼの畦を吹きわたって
麦わら帽子のひさしをかすめて空へ
少年は風になり雲になる
夏の水が流れる

いつしか夏は
細い道を帰ってゆくようだ
虫のように草を分けて
いくつも山を越える
足の下の土がやわらかい
小さな山のひとつ
そこにおばあさんは眠っている

季節を越えて
おばあさんは骨になる
山の水になって澄みわたる
家と墓を守り
死者がふたつの墓に眠る古い習俗の
とうとう最後の人になった

夏は
山の水が澄みわたるので
遠い川が近くなる
ときどき夢に現れて
大きな生き物が泥をまきあげる
深くて暗い
水の底がみえる



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