引き出し/小川 葉
 
ートを取り出そうと
引き出しを開ける
引き出しの中に
喫茶店で紅茶を飲んでいる
学生だった頃の私と
当時つきあっていた女のひと
カタカタ、カタタ、と
ティーカップとソーサーが
緊張してぶつかる音
あまりにも大きく
真夜中の静寂に響いたので
あわてて引き出しを閉める
あのキッチンの
引き出しの中でも
若い頃の妻と
それに私の知らない誰かが
カタカタ、カタタ、と
やっている
のかもしれない
夫婦とは
それぞれが自分だけの
秘密の引き出しを持っていて
中は決してのぞきあってはならない
そのことはわかっていても
そこに自分がいないと
思えば思うほど
妙にさみしいような
そんな気がしてきて
だけどもう
そろそろそれは
あきらめることにしよう
今夜も引き出しの中を
こっそりとのぞいていた妻が
少女みたいなな顔をして
やすらかに眠っている
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