自分の名前を失くすはなし/Utakata
 

自分の身体とそれとの間にある
数十センチの透き間のことを思ってみる
(五分ほどそれを眺めた後
 それを手にとって
 ポケットに入れた)

街を歩く
ポケットに軽く手を触れたままで街を歩く
たまにポケットから手を離して
十歩ほど歩いた後で再び手を触れる

バスを待つ間
ポケットからそれを取り出す
取り出して慎重に手でもてあそぶ
こっそりと
こっそりと
(運転手は何も言わずに
 他の人と同じようにバスに乗せてくれたけれど)

バスの座席にそれを置き忘れてしまいたいような衝動に駆られる
こっそりと
うっかりと
例えばそれは
街の伝言板に 嘘の待ち合わせを書
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