何も知らず私達は。/灯和
ふと、風が止んだ。
ひととせの幻を手に
いくとせも彷徨う旅人
一体何に酔っているというのか。
帰る場所は何処(どこ)に捨ててきたというのか。
正午を少し回った噴水公園で
時計の長針が
一滴の影を落とす
行き交う人のさざ波は
時計のネジを巻き戻そうとするのだが
なにしろ時計は上手いこと
噴水の中に潜ってしまうので
誰一人手を触れることはない。
(人々はそれを自覚していない)
乙女座を追いかけて月が沈んだ
そこに運命(さだめ)を見出すことは
私の己惚(うぬぼ)れであろうか
もしくはエゴイズムであろうか?
(私達はそれも自覚していない)
黒い蝶々を追いかける風が
かなしみを越えて、もしも再び
私の元へやってきたなら。
明日の空に行き場を失くした、
残酷なまでに愛された歌を
私は口ずさむこともなく、
夜明けへと葬ってしまうかもしれない。
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