鮭缶/小川 葉
夢をこの年老いた熊は
もう見たくない
その時すでに
私のまわりを血気盛んな
若い熊たちが取り囲んでいた
よだれを流して
今にも飛びかかろうとしている若者たちの目的は
私の荷物の中の美味しいカロリーが高い食べ物なのだろう
殺されることを覚悟した私だったが
老熊が若い熊たちに一喝したため助かった
すごすごと撤退していく若い熊たち
憎しみに満ちた彼らの目は
下界の人間たちの欲望の目にまったく似ていて
私は新しい種類の感覚の恐ろしさに体を震わせた
あなたがたの世界にも
まだ私のような邪魔者が
いるといいのだが
そう言い残して
さびしい野生の目をした老熊が
消えるように去っていった
山桜の散る晩春の出来事だった
その年の秋
麓の里で熊が射殺された
骨と皮だけになった無惨に年老いた熊
留守中の民家で食べ物を盗んでいるところを射殺された
手に鮭の缶詰を何缶も握っていたその熊はまぎれもなく
あの晩春の日に出会った老熊だった
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