鮭缶/小川 葉
下山の途中
私はひとりの老熊に出会った
老熊は土に杭を打っていた
私は気づかれないように迂回して回ったが
思いがけず鳴ってしまった熊鈴に気づいた老熊は
私に向かってにこりと微笑みかけた
何をしてるんですか
私は問いかけた
杭に板を打ち付けた老熊は
その板に鋭い爪で文字を刻みながら
私に話しかけた
人間たちがこの山に遊びにくることに
私はそれほど嫌悪感を抱いてはいなかったのだ
しかし時代が変わってね
人間がこの山に落としていった美味しい食べ物
その味を知ってしまった若い熊たちはもはや
山の幸だけでは満足できなくなってしまったのだ
板に刻み終えた文字を
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