口誦さむべき一篇の詩とは何か/んなこたーない
 
ないのである。
それをコミュニケーションに利用するのは悪質と言わざるをえないだろう。
なぜなら、このように他者の介入を拒絶する言説こそコミュニケーションをもっとも侮辱するものだからである。
すでに答えが解っていては問題として成立しない。
モノローグをいくら積み重ねてみてもダイアローグにはなりえないのである。

一般に感情や生理的反応が如実にあらわれるのは異性間の恋愛においてで、「恋は盲目」とはまさにその通りである。
詩もロマンチックの代表格で、これはいかなる詩も逃れることができないと思う。
たとえばエリオットは古典主義を自認し、「伝統と個人の才能」ではロマン主義を全面否定したが、
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