掌編小説『しゃしんの女』 〜上〜/朝原 凪人
 
はずだった。しかし、顔の筋肉が動くことは無かった。

「失礼」

 その気味悪さに思わず震えた身体を愛撫するように擦り、私はシガーケースから煙草を取り出すとそれに火を点けた。まさか、こんなことで頑張ってきた禁煙を破ることになるとはついていない。大きく息を吸い込む。ニコチンは肺の隅々に巡り、緊張を弛緩させた。三ヶ月ぶりの煙草は脳髄を痺れさせた。それは久しぶりに女を抱いたときに感覚に似ている。平静を取り戻しながら紫煙をゆっくり吐き出す。後味の悪さまでそっくりだ。
 女は構わず続けた。

「そんなものを飼いならすのに辟易していたのです。ですから、捨てました」

 それにしても、女は小さ
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