とてもひどい雨だった/草野春心
夜よりも深い夜
闇よりも暗い闇
黒よりも黒い黒
動き出したのは記憶
紙袋のこすれる音がして
ひとりの少女が立ってた
笑いと涙を一度通り過ぎ
なにもない部屋に帰ってきたような顔で
その少女は歩きはじめた
感覚が感覚だけで完結してしまう
空を切る手も地を踏む足も
確かめようのない畏れるべきもの
足音、足音、足音、足音
そこに息切れの声も混じって
――少女は走りはじめていた
彼女は言葉を知らなかったが
深い夜を少女は走った
暗い闇を少女は走った
黒い黒を少女は走った
彼女は言葉を知らなかった
足音、足音、息切れの声
そして雨が降りはじめた
音は遍く雨に殺され
まもなく少女はいなくなった
とてもひどい雨だった
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