とてもひどい雨だった/草野春心
 


  夜よりも深い夜
  闇よりも暗い闇
  黒よりも黒い黒



  動き出したのは記憶
  紙袋のこすれる音がして
  ひとりの少女が立ってた



  笑いと涙を一度通り過ぎ
  なにもない部屋に帰ってきたような顔で
  その少女は歩きはじめた



  感覚が感覚だけで完結してしまう
  空を切る手も地を踏む足も
  確かめようのない畏れるべきもの



  足音、足音、足音、足音
  そこに息切れの声も混じって
  ――少女は走りはじめていた



  彼女は言葉を知らなかったが
  深い夜を少女は走った
  暗い闇を少女は走った
  黒い黒を少女は走った
  彼女は言葉を知らなかった



  足音、足音、息切れの声
  そして雨が降りはじめた
  音は遍く雨に殺され
  まもなく少女はいなくなった
  とてもひどい雨だった


戻る   Point(3)