芍薬の香り/蒼木りん
 
芍薬の香りのする
雨後の湿った庭
皐月の新しい植物たちはどれも
その掌に虹色に輝く雫をのせている


人工の香りしかしないこの家に
芍薬を生けると
異質な感覚が
胸に過ぎった


time slip..


”ノスタルジック”が
一番近いのかもしれない


心はバラバラだった
どこにも隙間が開いていて
寒い風が吹き込んできた


それでも
あの大きな銀の屋根の下
共に寝耳に刻んだ
嵐の夜に軋む梁の音
トタンに落ちる雨
杉林のざわめく声
焚き火の煙の匂い..


柿の葉は甘い匂いがした
花は星のように降って
白くなる庭


五感と六感と
恐れ


芍薬の香り..


何かを鍵に
脳に刻まれた記憶の蓋が開く
一瞬のフラッシュバックのあと
残るものは
異質に沈んだ
小さな悲哀


死の間際に見るときに
もどかしさは解けるだろうか
旅に出て確かめるように
その時
そこに帰れることを
皐月の陽に微かに願う


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